冨田真紀子さん
アザレア・セブン / Lons Section Paloise Rugby Féminin / 株式会社フジテレビジョン 所属
日本を代表する選手として、様々な経験をしてきた冨田選手の特別コラム。タイトルの「人間万事塞翁が馬」、中国の書籍からきていることわざで、アンラッキーなこともラッキーなことかもしれないし、その逆も然り。というような意味があるそうです。VOL.2では、冨田選手の経験した『世界のレベルを知った』2017年大会を振り返りながら今大会に想いを馳せた「レッドカード」がテーマです。
レッドカード
ラグビーワールドカップ2021。
日本代表はプール戦で敗退し、悔しくも決勝トーナメントには進出することができなかった。
前回大会のラグビーワールドカップ2017は、『世界のレベルを知った』2017年だった。
今大会ワールドカップ2021は、一体、どんなワールドカップだったのだろう。
世界との距離は、確実に近付いたが、ワールドカップ2021期間中、日本女子代表はどのように過ごしていたのだろう。どのように考え、どのように思い、どのように戦っていたのだろうか。
私が出場した前回大会2017年は、私にとって、人生を左右させるような大会だった。
相手はフランス。
好きなようにフランスにやられた前半。
ハーフタイムで当時の有水ヘッドコーチに『冨田、お前がタックルに行け』と背中を叩かれ、
一瞬しかこないチャンスで流れを変えてやろうと意を決した。
後半から入った23番(センター)をノッコンさせようとタックルに行った。
試合は途中で中断。
グラウンドの大きなスクリーンで、私のタックルの映像が何度も何度も流れた。
肩が顎に当たっている。
レフリーから見たことのない色のカードを見せられた。
レッドカード。
一発退場だった。
起きた現象として、私の肩が相手の顎に当たってしまっていた。
相手が屈んだのに対し、低くなれなかった私のせい。全て、私が悪かった。
その後、15人対14人で試合を続けてくれたが、完敗。
みんなのひたむきなプレーを前に、やるせない思い。心が痛かった。
試合の翌日、ジュディシャルという、ワールドラグビーが行う事情聴取の会が行われた。
要は、懺悔の時間。レッドカードを受けた選手は通常6試合の出場停止処分。
その処分内容が下される懲罰会だった。
部屋に入ると、大きな長テーブルに4人、設置された大きなスクリーン画面上に4人、合わせて8人が一斉に私を見ていた。
ジュディシャルオフィサーやサイティングコミッショナーという方々から自己紹介をされた気がするが、緊張で覚えることができそうにない自分がいた。
すべて英語だった。
幸いなことに、高校1年間留学させてくれた両親のおかげで英語が話せたため、通訳はいらなかった。
『なぜこんなプレーをしたんですか?』
『今この映像を見てどう思いますか?』
この質問に、涙や鼻水で顔がぐちゃぐちゃになりながら答えたのを5年経った今でも、鮮明に覚えている。
『危険なタックルを狙ってなんていませんでした。私が相手にタックルへ入るときに、低くなれませんでした。レフリーのレッドカードの判定は正しいです。私がすべて悪いです。とても反省しています。』
その他にも質問をされ、頭には血が回らなかったが、
このまま、私にとってのワールドカップは、あっけなく終わるんだと思った。
だけど、最後に言われたのは、
『あなたの反省を受け入れ、処分を半減します。3試合の出場停止です。』ということだった。
6試合から3試合に半減した。嬉しいなどの感情は特になかった。
日本代表は、残り少なくとも後4試合残されていたため、
最後の1試合を戦えと、ラグビーの神様が、私を残したんだと思った。
自分の気持ちを、事細かにチームには話さなかった。というか、話せなかった。
泣いちゃうから。言葉にすることもできなかった。
自分のことを考えずに、チームのことを考えている方が、生きている心地がした。
これ以上、チームの足を引っ張りたくない。それだけが頭を支配していた。
『今日の夜遅くに着くよ』
私の同い年、井上愛美(現・流通経済大学女子ラグビーチームヘッドコーチ)選手が、バックアップとして、現地入りするというLINEだった。
実は直前で遠征メンバーから愛美(ちかみ)は外されていた。
事実確認が追いつかないくらいの衝撃だった。
中学3年で初めてラグビーを始めたバスケ上がりの私は、楕円球に慣れずノッコン大魔王。当初はオリンピック種目でもなかったため、途中からラグビーを始めた人は、私しかいなかった。ユースで同い年のちかみは、いつも一緒にいてくれた、私の大切な戦友。
そのちかみが、離脱選手の代わりに途中合流するとのことだった。チームの選手のほとんどがもう就寝した時間だった。
私は宿舎の部屋の灰色のカーテンレールからちかみの到着を、首を長くして待った。
ちかみがそばにいるという存在が、私のぽっかり空いた気持ちを埋めてくれた。
3試合の出場停止処分が経過した最後の1試合。
私はセンターとして出場、日本はワールドカップ2017大会で、悲願の初勝利。
普段ちかみは、9番というハーフのポジションなのに、その試合で、私はちかみと一緒に12番13番のセンターコンビを組んだ。
ラグビーの神様がこんな幸せな時間をくれたんだ。
本当にラグビーの神様っているんだ、そう気付かされた貴重な白星だった。
私はワールドカップを経験して、まだラグビーをやめられないなと思った。一所懸命ラグビーしていたら、ラグビーの神様が、いつかニッコリ笑ってくれるかもしれないと思ったのだ。
さて、ワールドカップ2021を通して、関わった日本代表選手も、世界各国の選手も、一体どんなことを感じているのだろう。
最前線で戦った選手にとっても、その場に立てなかった選手にとっても、
ワールドカップにおいての一連の時間は自身のラグビーや人生について考えさせられる時間となっているだろう。
ましてや、今週末は世界最高峰大会の決勝、ニュージーランド対イングランド。今後の人生を色付けるような学びがあるに違いない。
選手たちのこれからのストーリーが、私は、余計に楽しみだ。
文:冨田真紀子